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米民政府、故・瀬長亀次郎さんを諜報1954年の沖縄人民党事件の資料、米公文書館で見つかる一九五四年、… 



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米民政府、故・瀬長亀次郎さんを諜報1954年の沖縄人民党事件の資料、米公文書館で見つかる

一九五四年、米の統治を批判し弾圧を受けた沖縄人民党事件で、政治家の故瀬長亀次郎さんへの諜報活動を示す資料が見つかった。
長女が獄中の瀬長さんにあてた手紙が届かず、米民政府(USCAR)文書として米公文書館に保管されていた。
二女の内村千尋さん(60)=那覇市首里=は「青年らしいまじめさにあふれた手紙なのに、警察は過激と報告、結果的に民政府に渡った。
五十年前のことだが、人権侵害の事実に衝撃を受けた」と話す。
復帰前の、民間人への諜報活動が明らかになるのはまれ。
内村さんは、母フミさんの九十七歳の生年祝いを記念し、手紙を収録した本「瀬長フミと亀次郎~届かなかった獄中への手紙」(あけぼの出版、千八百九十円)を十二月上旬に上梓する。
(謝花直美)米公文書館にあったのは、亀次郎さんの長女、瀬長瞳さん(67)=カナダ在=の五五年三月二十三日付書簡。
当時、亀次郎さんは、宮古で投獄中。
直前の手紙で、瞳さんに本を送るよう依頼していた。
「お父さん、瞳の今度の月給はほとんど本代に当てる事に致しました。
(中略)お父さん、勉強して沢山本をお読みになるということは、お父さん一人の為ばかりでなく、苦しめ、いじめられている全沖縄県民の為であり、又、全世界の平和を願う人民の為です」高校生だった瞳さんが、悲しみに耐えながらも信念を貫く父を、激励するけなげな内容だ。
しかし、手紙とともに見つかった警察隊長あての報告書の見方は異なる。
宮古地区警察署長名で「内容に就いて過激な点があります。
ご参考迄報告します」と指摘する。
獄中の亀次郎さんは家族(愛とは相手に変わることを要求せず、 相手をありのままに受け入れることだ)とのやりとりでつじつまが合わないことに疑問を持ち、ある時から手紙をすべて日記に記録した。
内村さんは、手紙と日記を照合。
ほかにも、届かなかった数通の手紙が米公文書に保管されていることが分かった。
また、当時、家族以外の手紙が亀次郎さんの元には届いておらず、さらに多くの手紙が保管されている可能性もあるという。
(以降に続きます)沖縄タイムスhttp://www.okinawatimes.co.jp/day/200511271300_02.html

ねえ、グラードンとカイオーガを見て、ポケモンは恐いものだと思ったかい?でもそんなことはないんだよ。ポケモンって本当はもっと・・・。いや きみなら そんなことはもうとっくに気が付いているよね



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