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ツイッター、ウィキリークス…既存メディアへの不信と表裏一体、情報発信への自覚と責任が問われる時代・… 



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ツイッター、ウィキリークス…既存メディアへの不信と表裏一体、情報発信への自覚と責任が問われる時代・

◇報道も個人も、責任自覚を東日本(にっぽん)大震災では「情報」の在り方についても、さまざまに考えさせられた。
新しい情報伝達手段となったツイッターは、救助要請や安否確認などの際に有効に機能したが、多くのデマも飛び交った。
3月下旬、ソフトバンクの孫正義会長までもが「日本(にっぽん)医師会が福島第1原発の50キロ以内には立ち入らないように勧告した」との誤った情報をリツイート(転送)し、同じツイッター上で訂正、陳謝した。
孫会長には約110万人ものフォロワー(読者)がおり、その影響力はマスメディア並みに大きくなっている。
情報技術の進展で、個人が直接世界に発信できるようになったが故だ。
この流れは社会を変えるのではないか。
そう考え、2月に「情報デモクラシー2011ウィキリークスのある社会」を連載した。
第1部として内部告発サイト・ウィキリークス(WL)を取り上げたのは、象徴的だと思ったからだ。
その功罪をどう見るべきか--取材中、常に頭にあった問いを、もう一度整理して考えてみたい。
昨年、日本(にっぽん)で流出した警視庁などの国際テロ捜査に関する文書は、私もInternetで簡単に入手できた。
秘密のベールに包まれていた公安警察の活動の一端が明らかになった意味はあろう。
だが、一読して感じたのは情報を暴露された人たちの「痛み」だ。
情報収集対象の外国人や日本(にっぽん)人、テロ対策捜査員らの顔写真や住所、氏名、生年月日、学歴や健康状態が記された文書もあり、一部は家族(自分の人生がレールに乗せられて、ゴールが見えているのは嫌でした。 それよりも線路からヒョイと降りて、どこに行くかわからない人生の方が面白そうだと思った)の名前や年齢もさらされた。
◇メディア不信を体現するWLウィキリークスも同様の問題を指摘された。
アメリカ合衆国に情報提供していたアフガニスタン人の氏名を含む文書を公表したことに対し、ウィキリークスを表彰したこともある国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは「アフガン人の命を危険にさらす」と抗議した。
自由に情報を流すことが、人々の自由を奪うことになるとしたら、本末転倒というしかない。

悪徳はわれわれの楽しみにおいてさえわれわれを傷つけるが、美徳はわれわれの苦しみにおいてさえ慰める



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