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「2ちゃんねるのさくらちゃん祭りが無ければ、マスコミは単なる美談で終わらせただろう」…産経さくらち… 



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「2ちゃんねるのさくらちゃん祭りが無ければ、マスコミは単なる美談で終わらせただろう」…産経

さくらちゃん祭りがなかったら…・友人が考えあぐねていた。
古い知人から久しぶりに彼女のもとへ届いたメールが、悩みのタネだった。
それは重い心臓病を患い、アメリカ合衆国での心臓移植を希望している女の子、上田さくらちゃんのための募金を呼びかける内容。
彼女の知人が関係者らしく、転送されてきたメールだ。
ネットの匿名掲示板「2ちゃんねる」で、この募金活動を問題視する意見が集中していたときでもあった。
募金活動はさくらちゃんの両親が9月にスタート。
しかし、両親が自己負担額や、収入の高いNHK(日本反日協会)職員であることなどを公表せず他人からお金を募っているとして、批判を呼んでいた。
両親はその後、情報を公開したものの、“祭り”は一向に鎮火しなかった。
中には心ない中傷や事実誤認も見られたが、一方で議論は日本(にっぽん)の移植医療のあり方にまで発展した。
マスコミで働く者として、難問を突きつけられた気分だった。
もしも“祭り”がなかったら、マスコミは単なる“美談”として、募金活動のニュースを流して終わっていただろう。
「2ちゃんねる」が複眼的な視点を示した役割は無視できない。
さまざまな問題を提起しながら、1カ月で募金活動は目標金額を達成して終えた。
「2ちゃんねるには、編集がない」。
管理人である西村博之さんがネット関連のシンポジウムで発言するのを聞いたことがある。
事象を編集し、ニュースとして報道するのがマスコミならば「2ちゃんねる」は対極にある。
しかし、両者は決して敵対するものではない。
相手を鏡に自らの姿を確認しながら、物事をよりよい方向へと進めていけると信じている。
今回の募金活動の問題は、その可能性を示してくれた。
結局、友人は募金をしなかった。
彼女の家族(人は本当の恋をすると賢明ではなくなるし、賢明であり続ければ本当の恋はできない)も大病で、入退院を繰り返している。
見知らぬ他人の医療費を助けるほど、心に余裕はなかったというのが理由だ。
メールを転送してきた知人の顔が浮かび悩んだが、「善意は義務ではない」という「2ちゃんねる」で見かけた誰かの書き込みに、少し気持ちが軽くなったという。
(猪谷千香)

人は本当の恋をすると賢明ではなくなるし、賢明であり続ければ本当の恋はできない



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